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ある日、職場の20代の同僚が「それ、マジウケる」と言った。私は反射的に「何が面白いのか」と聞き返してしまった。その瞬間、彼らの視線が一瞬ぴりりと冷たくなった気がした。そう、あの時が私の転機だったのだ。若者言葉についていけない大人への道を、一歩踏み出してしまった瞬間である。
かつて「ヤバい」「うける」という言葉で十分だった時代は遠い過去。2026年現在、若者言葉の進化はAI時代と共に加速している。TikTokやYouTube Shortsで毎日のように新しい造語が生まれ、流行のサイクルは数週間単位。昨日まで「推し活」という言葉で喜んでいた私たちも、今では「推し活」は「古い」と言われる始末だ。
これは決して知能の問題ではない。むしろ、デジタルネイティブ世代との環境差が最大の原因だ。20代の若者は、生まれた時からスマートフォンやSNSに囲まれている。一方、私たちが20代だった時代は、携帯電話を持つこと自体が「新しい」という時代。その差は、単なる技術の差ではなく、情報接触の量と速度の差なのだ。
さらに、脳の可塑性の問題も無視できない。年を重ねるごとに、新しい言葉を習得する脳の能力は低下していく。これは自然な現象であり、決して恥ずかしいことではない。ただし、努力次第では十分に追いつくことができる。
ここまで読んで、落ち込む必要はない。大人が全ての若者言葉を理解する必要はないのだ。むしろ、完全についていこうとすることが、さらなる「古さ」を露呈させることもある。
大切なのは、若者言葉の背景にある文化や心理を理解することだ。なぜ彼らはそのような言葉を使うのか、どのような感情で使っているのか。それが分かれば、言葉の細部が分からなくても、コミュニケーションは十分に成立する。
若者言葉についていけなくなった。それは誰もが通る道だ。そして、それは決して恥ずかしいことではなく、自然な現象である。大切なのは、その現象を受け入れ、若い世代とのコミュニケーションをどう取るかということだ。
2026年現在、言葉の進化は止まらない。明日も、明後日も、新しい若者言葉が生まれるだろう。でも、それでいい。完全についていく必要はなく、心の余裕を持って、若者たちの言葉の世界を眺める。そのくらいの距離感が、実は最も健全な世代間コミュニケーションなのかもしれない。